真剣にやってるんです
最近、僕はなんだか真剣になりすぎてる気がします。
もともと、人の表情や、言葉など、全く見聞きしていませんでした。
相手の伝えたいことだけをキャッチするような特性があって、相手がどんな気持ちでその言葉を言ってるか、わかっていました。
ずーっと昔からわかっていましたが、自覚したのは19歳の時です。
でも、伝えたいことだけ受け取って、伝えたいことだけ端的に伝えても、伝わらないんですよね。
相手の言葉や表情、感情を受け入れて、自分も全てを使って相手に伝えないと、伝わらない。
たくさんの人に叱られ、批判され、ようやくマトモに他人とコミュニケーションを取れるようになったのと思ったのが26歳。
そこから更に失敗を重ねて、29歳。
10年かかりました。
ようやく、人と共鳴し合える瞬間を、感じられるようになりました。
本当に、皆さんのおかげです。
笑顔を失ったこともあったし、笑顔の大切さに改めて気付きもしました。
そして今、僕は1日を振り返って、あまりニコッと笑っていないんじゃないかと、思うことがあります。
僕は真剣になると、表情が消えます。
何故なら、命を懸けていながら、ニコッと笑う器が僕にまだないからです。
僕は目の前の人が、幸せを感じるために何が必要か、いつも、特にここ最近考えています。
時に、急すぎて理解しづらいことも言っていると思います。
でも、今しかない。
僕の命があるうちに、目の前の人の幸せのために何か伝えられることが、あるかもしれない。
そんな姿勢で過ごしていると、その瞬間が訪れることがあります。
僕は、何に対して真剣になっているのか。
伝えることだけに真剣になっているわけではありません。
「 あなたを受け入れること 」
に真剣になっているんです。
僕はよく、優しいと言われます。
きっとそれが長所なんでしょう。
でもそれ以上に、物事の短所を見つけ、批判するのが大の得意でした。
自分にも、他人にも、全てに対して批判的でした。
つまり、受け入れないことが得意だったんです。
僕も人間です。
疲労困憊した時
眠気に負けそうな時
お腹が空いてたえられない時
人に裏切られた時
感情のコントロールを失い、
自分勝手な人間になってしまうこともあります。
だから真剣に受け入れています。
僕にとっては、それほど受け入れることは難しいことです。
でも、そうしたいんです。
目の前の人の幸せのために、そうしたいんです。
真剣な表情で、笑顔がなくなっていたら
「もっと笑え」
そう叱っていただけたらと思います。
本当に、みんないつもありがとう。
みんなのおかげで、今日まで生きることができました。
僕はこの命を、真剣に使い続けていきます。
死ぬまで。