僕はめちゃくちゃ憤ってます
新聞の投稿に、こんな言葉がありました。
夢は叶えなくてもいい
僕は夢は叶うことを知っています。
自分自身に焦点を当てる
僕をいじめていたYくんの話
Yくんは、幼稚園の頃から友達でした。
自分が持っていないものはあげられない
僕は自尊心も低く、自信もなく、いじめられて、卑屈になっていたこともありました。
そんな僕でも、人を励ますのは比較的得意だったと思います。
お前ならできるよ
そう言ってきたし、
そう思っていました。
でも僕の心の中には、ある思いがありました。
「おれみたいな最底辺の人間ができるんだから、お前にできないワケがない」
だから、僕は僕よりも結果が出せない人は、
「できないんじゃなくてやらないだけでしょ」
そう思ってました。
実際に、そこにポジティブな意味合いはなく、
中学生の僕は毎晩のようにパソコンでインターネット。
高校生になると、ネットゲームに溺れ
勉強も、スポーツも
何も努力していませんでした。
勉強は何故か学年で真ん中ぐらいでしたが、
スポーツは不得意で、体育の授業はスポーツをやればミスばかり。
当然同じチームの人は怒ります。
そして僕は「チーム」とか、「集団行動」とかがますます嫌いになりました。
悩んでる人、
ネガティブな人、
自信がない人
そんな人たちに自分を投影して、
励ましたい
そう強く思っていました。
でも当時の僕には、
自信も、
知識も、
経験も
確信も
もっと言えば
愛も
お金も
勇気も
生きる気力も
何もありませんでした。
例えば自分の所持金が
残り3円だとして、
どうやって人に
チロルチョコを
うまい棒を
5円ガムを
ブラックサンダーを
買ってあげられるんでしょうか。
かなり難しいですよね。
まずは自分がそのものを得るか、
それらを得る手段を得ないといけないですよね。
つまり持っていないものは、
与えることができないということです。
優しい人がたくさんいて、
思いやりの心もあって、
与えたいと思う人たちがいます。
本当に素晴らしいです。
でも、その優しさ"だけ"では、
誰かを救うのは難しいかもしれません。
時間なのか、
物なのか、
エネルギーなのか、
つながりなのか、
自分が持っていないものは、
あげることができないんです。
自分が持っていないものを
あげようとするのはやめましょう。
ますます欲しくなって、
苦しくなるだけです。
持っているものをあげるだけでいいんです。
小さなことから与え合う
その循環を繰り返すだけでいいんです。
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【 22世紀の寺子屋 】
次回開催日は2月下旬予定
22世紀の寺子屋への想い
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「心の傷は一生」という絶望
この世の中には、自分の常識では考えられないほど繊細な人たちがいます。
僕はその中でも比較的鈍感な方ですが、
今まで出会ったたくさんの方に
繊細だね とか
感受性が強いね とか
言われてきたので、少しは傷付いてきた人の気持ちがわかります。
心についてアンテナを張っていると、
こんな言葉を耳にします。
体の傷は治るけど
心の傷は一生
聞いたことありませんか。
よくいじめ防止の啓蒙活動なんかに使われていたように思います。
僕は思うんです。
あなたのケガは、一生治りません
あなたの病気は、一生治りません
こんな風に言われたら、
そのケガをした人
その病気を患った人
希望を持つ人より、絶望感を持つ人の方が多いんじゃないでしょうか?
僕もいつの間にか
心の傷は一生
そう思い込んでいました。
だからトラウマも、
あの時の苦しみも、
絶望感も、
悲しみも、
心の痛みも
全部一生続くんだ……
そう思っていました。
でもそんなことはありません。
心の傷は、自分自身で癒すことができます。
だから今までたくさん傷付いてきたからといって、諦めないでください。
強く望めば、必ず望んだものがやってきます。
心の傷を癒したからといって、
傷付いた気持ちを忘れるわけではありません。
インフルエンザになった人は、
完治しても熱の苦しみを忘れませんよね?
骨折して入院した人は、
完治しても、あの痛み、病院食、退屈な時間を忘れませんよね?
傷を癒すことができると、
今度はその経験から、
人を癒すことができるようになります。
大丈夫だよって言えるようになります。
心の傷は一生、という言葉に振り回されないでくださいね。
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22世紀の寺子屋
22世紀の寺子屋
という名の会を始めました。
22世紀と聞くと、遠い未来のように感じます。
自分には関係が無いように思う人もいるかもしれません。
でも僕たちの "今" の選択の連続が、
人の営みの連鎖が明日を作り、
未来になります。
その連続した先に
22世紀がある
ただそれだけです。
つまり僕たちの選択したものが、
そのまま明日を作り、
22世紀を作るということです。
従来の日本の教育はピラミッド方式で、
トップが右向け右といえば右を向くし、
白といえば黒も白になるような教育でした。
今もなお、学校ではそのような教育をしています。
もともと学校は寺子屋が形を変えたものであり、
寺子屋では読み書きや計算を教えていたと言われています。
なぜそれを教えていたのかといえば、
生活をするのに必要だったからです。
元々農民の人々も
ただ畑を耕すだけでは生活することが難しかったのか、
商いを持ち、
複数の仕事をするのが当たり前だった
と言われています。
なので読み書きや計算が必要となり、
全国に広がっていったのでしょう。
つまり昔の寺子屋
今で言う学校は生きるのに必要なことを教えていたのです。
学校制度ができてから
およそ130年が過ぎましたが
現代の日本はと言えば、
ほぼ毎年のように
年間3万人が自殺し、
うつの患者は100万人を越えています。
昨日までの常識は今日、突然変わり、
例えばあのリクルートが「新・新卒制度」と銘打って、自ら新卒のルールを改革。
内容は
・27歳までを新卒とする
・内定後2年間、就業まで猶予を与える
というもの。
国は副業を勧め
フリーランスを応援し始めました。
会社員の税金は増える一方で、
それを軽減するつもりはないようです。
SHARPのように、
日本の会社を台湾の会社が買うことが起こったり、
今まででは考えられないようなことがどんどんと起こっています。
そんな中でも、人は今を生きていきます。
でもみんな迷っています。
どこに向かうべきなのか、
何をするべきなのか。
学校では答えを教えてくれません。
でも学校では、答えしか教えてくれません。
つまり学校で教えてくれる「回答」の中には、
もう僕たちが生き抜いていくための知恵はありません。
ではどうするのか。
自分で考えるしかありません。
自分で考えられないなら、
考え方を教えてくれる人に出会うしかありません。
周りにいないのなら、
そういう人たちにどうしたら出会えるのか
考える必要があります。
つまり自分で考えるということです。
これからの時代では、
自分で考える力が必要です。
右向け右で周りに流されるだけで、
自分の人生を生きていると言えるのでしょうか。
考える力を身につけ、
自分の今を変えることで、
明日を作り、
1週間後を作り、
1ヶ月後を作り、
1年後を作り、
10年後、20年後を作り
未来を作り、
22世紀を作り、
また歴史を作ります。
自分で考え、
選択する力を身につける。
それが22世紀の寺子屋の目的です。
考えましょう。
選択しましょう。
僕たちの今が、
子供や孫、
地球の未来へと連鎖していきます。