冨樫のとんがりブログ

ありのままの自分で、理想に向かって生きる人を増やし、家庭を変え、社会を変え、国を変え、世界を変えるためのブログ

心に従うということ

僕は未熟で、まだまだ子供です。
子供たちが「こんな大人になりたい」という大人で在れるように、進んでいく。

そしてみんながそれぞれの役割のもと、自分の才能を使って幸せになっていく…

そんなことを夢見ています。

大したことができるわけじゃないけど、目の前の人が幸せに生きて、後悔なく死んでいく、そのためだけに全力を尽くす。

ただそれだけ。
ただそれだけなんです。

あなたの可能性しか見ていません。
あなたが輝く姿しか想像していません。

笑って、泣いて、悩んで、迷って、それでいいんです。

全て必要なことです。

何も悪くないし、何もダメなんかじゃない。

心に従い、自分に正直になるんです。
まずはそこから始めましょう。

胸に手を当てて、深呼吸してください。
あなたはあなたの生き方をしていますか?

Yesなら、あなたが感じた幸せを、周りの人も感じられるように手助けしてください。

Noなら、人の助けを借りる必要があるかもしれません。


いずれにしろ、人生のターニングポイントは、出会いです。

出会いなくして、人の助けなくして、挫折なくしては人生が変わる「あの時、あの瞬間」は訪れないかもしれません。

全てうまくいっているんです。

そう信じることです。

必ず行くべき方に向かってる。
どんな状況でも、必ず光が射すと信じることです。


やらなかったことを後悔するのは、死ぬ間際です。

それでは遅すぎるかもしれません。

自分の心に従いましょう。

それが自分を取り戻す第一歩になるかもしれません。

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心の傷を癒やすということ

みんな何かしら、大なり小なり心の傷や、そんなようなものを抱えている。

心の傷は一生という妄想にとらわれ、絶望する人や、忘れる努力をする人もいる。

感謝の心や、幸せになることや、社会的地位、名誉、何不自由なく選択できる金銭を得る、つまり成功することでそれらを払拭しようとする人が多い。

確かに大切だけれど、それ"だけ"ではだめなのです。
それだけでは……

真に心の闇を拭い去り、心の傷を癒やすとことが必要です。

最近特に伝えているけれど、真の意味を伝えるのは難しい。

どんなに記憶を塗り替えても、自分を変えても、そこに闇があるのか、ないのか、分かる人にすぐ分かります。

そしてそれは、うまくいっていない時、諦めそうな時、絶望しかけたり、絶望した時に顔を出します。

自分でわかってますよね。

早く多くの人が、心を癒す方法を手に入れられることを願います。

そんなに難しいことじゃない。

方法自体にお金はそんなにかからない。

知っているのか、知らないのか、それだけです。

そして僕にも、闇が全くないとは言わない。

今でも傷つくこともあります。

ただ手当の方法や、どこに傷があるのか、それを知る必要があります。

見ないふりをしないでください。

心の傷を癒やすとメンタルマネジメントがしやすくなります。

メンタルマネジメントがしやすくなると、望む未来に期待が持てます。

未来に期待が持てると、どんな出来事も楽しみになります。

楽しみが増えると、日々が楽しくなります。

楽しくなると運が上がる。

運が上がると感謝が生まれる。

感謝が生まれると、自信が生まれる。

自信が生まれると……

あとは確かめてください。

人生は長いかもしれないし、短いかもしれない。

全ての人に、幸せである権利がある。

チャンスの神様同様、幸せにも前髪しかないかもしれない。

だからみんな"失って気づく"んです。

全てはとらえ方次第。

とらえ方を脳みそではなく心から変える。

折れない自信は堅いんじゃない。

しなやかであること。

しなやかな人でありたいものです。

周りに馴染めない変人たちへ

僕の周りで、学校に行けない人というのがいます。

小学生だったり

中学生だったり

高校生だったりします



いわゆる不登校ですが、

僕は正直、学校に行きたかったら行けばいいし、

行く必要を感じなかったら行かなきゃいいと思います。



「やりたいことがわからない」という人たちがいて、
なぜやりたいことがわからないのかという話をします。



今あるたくさんの仕事や本、インターネットから、ある程度、どんな仕事があるか探すことができる現代において、やりたいことがわからない。


不思議に思う人もいるかもしれませんが、
僕には不思議は全くありません。


10年前に、いったい誰がスマホの到来や、科学の根底が覆ることや、小学生のなりたい職業ランキングに起業家・経営者・フリーランスやユーチューバーが入ることを予期できました?


今から65年前には、テレビすら放映されていませんでした。

ちなみにCDもありません。


僕も今やっている仕事が、やりたいことだなんて思いもしませんでした。



何が言いたいかといえば、



これからの時代を作る人なんだから、
やりたいことがわからなくて

当たり前


なんですね。





人生の軌跡を辿れば、

生死について考えたり、
存在意義について考えたり、
夢について考えたり、
成功について考えたり、
お金について考えたり、

それはもう全て必然としか言えないのですが、

義務教育の15年間、
高校生活の3年間、

どちらも、行っても行かなくてもどちらでもよかったなと思っています。



ウソです。
本当は、時間のムダだったと思っています笑



大切なことは、


それが自分の選択かどうか


ただそれだけです。



本当に心から望むことなのか。
それが重要です。



僕はいつか、
学校に馴染めなくて
自分が嫌いな子供たちに


大丈夫

あなたが学校に合ってないんじゃない
学校があなたに合ってないんだ!

さあ、これからの時代を作ろう


そんなメッセージを伝える講演会をしていきたいと思っています。



何かが悪いんじゃない


自分の人生は、自分で決める。


それだけの話です。



心に従う生き方を応援します。

悲しみを取り戻しました

僕が最後に悲しくて涙を流したのは16年前でした。

当時、3年間片想いしていた女の子に、告白せずにフラれるという出来事があり、悲しいのか悔しいのかで涙しました。


それ以降、失恋しても秒で立ち直る術を身につけたり、傷ついても振り切る術を身につけたり、悲しさとはどんどん無縁になっていました。



6年前に、大好きなおばあちゃんが死んだ時も、全く悲しくありませんでした。


人は誰でもいつかは死ぬよな


そんな風に日々思っているので、お別れが悲しいなんてことも思うことはなくなりました。



なので、悲しいとはどういうものか、ほとんどわからなくなってました。
共感はできるけど、実感はできないような。



そんな僕が、久々に悲しみを取り戻しました。



何があったのか端的に言えば、

信頼している人に傷つけられた


ただそれだけです。




今までの人生で、さんざん人に傷つけられ、否定されてきて、もう慣れたものだと思ってました。


慣れすぎて、多少のことで改めて傷つくこともないし、傷ついたからって感情が変化することもなかった。

でも気づくと、心がギューっとなっていて、受け取れない状態になってました。


それを緩めて気付いたんです。


傷ついたなって感じて、悲しさを感じて


16年ぶりに悲しくて涙しました。


受けとめてくれた人、僕のために怒ってくれた人

たくさんの人が支えてくれました。


本当にありがたいです。





そしていま

悲しみを感じたことで、封印していた感受性のセンサーがさらに解放されて、ちょっとした話でもウルっときてしまうようになりました。


30歳になって泣き虫になるとか、あんまり笑えませんが、この感情は必要なものだったんだなと思います。



悲しいこともあったけど、その10倍は嬉しいことがあったので、よしとします!



人生何が起こるかわかりませんね。

自分にはこれしかないという幻想

よく「自分にはこれしかできないから」という人がいます。


僕はもともとミュージシャンなのですが、

ミュージシャンの中にはたくさんいました。



僕はよく、


天才ってどんな意味だと思う?

才能ってなんだと思う?


ってよく問いかけます。




「あの人は天才だから」

「あの人は才能があるから」


って、どんな時に使いますか?


その「あの人」が、

うまくいっている時

じゃないでしょうか?




つまり才能とは、その能力を使って、「うまくいっている」と、才能と呼べるんじゃないでしょうか?




自分にはこれしかないから…



本当にその才能があるなら、

うまくいってるはずですよね?




とかいうと、


自分には才能がないから


という人がいますが、本当に失礼な話ですね。




自分は人生で何一つうまくいったことがありません

と言ってるようなものです。



もし本当にそんな人がいるなら、

いま、生きてるのはおかしいんじゃないですか?

生かされてるから生きてるわけですよね?

なんらかうまくいったから、生きてるわけですよね?


生かされている感謝も知らない

そんな人に誰が協力しようと思うんでしょうか?



才能がないという幻想


早く捨ててはいかがでしょうか。

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30歳になりました!

5月20日に、誕生日を迎えました。

 
たくさんのお祝いメッセージ、ありがとうございます!!
本当に感謝しています。 

 
ついに30代。
 
人生4分の1が終わりました。
 
※人は寿命をまっとうすると120歳まで生きるらしいです笑
 
 
 
20代がようやく終わりました。
 
20歳、僕はまだ苦しみの中音楽をしていました。
 
23歳、僕は葛藤の中音楽をしていました。
 
27歳、夢が望んでいないものだと認め、手放しました。
 
29歳、ようやく自律に向かい始めました。
 
 
 
 書きたいことがたくさんあります。
 
 
でも僕が言いたいことはただひとつ。
 
 
 
生かされて、いまがあります。
 
 
 
人を殺したいほど憎んだこともありました。
 
うつにも2回なった。
 
もう死んだ方が楽になれるんじゃないかって思ったこともあった。
 
28年間、人生に希望を見たことはなかった。
 
人を信じることもできなかった。
 
 
何度も何度も何度も何度も
 
苦しくて全てを投げそうになったこともありました。
 
 
 
でも僕はいま、生かされている。
 
大切な友人、
 
信頼してくれる仲間、
 
愛する恋人、
 
応援してくれる方たち
 
 
 
天に、そして人に生かされている。
 
 
 
 
まだまだちぐはぐな僕の人生ですが、
 
ひとつひとつがパズルのようにハマっていくことも感じています。
 
 
 
人に導かれる存在から、
 
人を導く存在へ。
 
 
そんな大仰なことではありません。
 
 
こっちにも道があるよって示すこと。
 
 
それが僕にとっては導くということ。
 
 
そして僕はその道をいく。
 
 
後から来た人が、それを先導者と呼ぶのでしょう。
 
 
 
 
僕が求めた大人に、自分がなっていくのを感じています。
 
 
 
 
まだ30歳。これからどんな人生を送るか。
 
もう決まっているような気もしています。
 
命ある限り、燃やし続けるのみ。
 
 
僕は僕の役割を果たし続けます。
 
 
僕を支えてくれているみんなに感謝しています。
 
 
 
 
死ぬまで生きるぜ!
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社会人として

電車で隣のスーツを着た女性が、

「社会人らしい話し方ができない」とかいう見出しのある、マナーサイトを見ている………



社会人て何人やねん!



僕らは日本人。

世界一、和を大事にする国民。


その和の心は、相手を尊重する気持ち。

そして感謝の気持ちから生まれている。



でもどの親も教えてくれない。


場合によっては教えてくれるのは先生。


江戸時代では、商人の子供は15歳までに、人前に出しても恥ずかしくない仕草、言葉遣いを学んだという。



マナーは生きている人間から学ぶ。

それは和の心。



学ぶことは素晴らしいこと。

でも語源は"真似ぶ"

つまり、相手を真似るところからきている。

20歳も越えてから、インターネットや本で学びはじめる社会はおかしい気がしてならない。


手本がいないってことですよね。



みんな社会人ではなくて、日本人であり続けたらいい。



これが日本人の在り方だ。



そう言える大人で在ろう。

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